私は長年、自分が地球に取り残された異星人であるかのような思いで生きてきました。
なぜなら、私は地球に取り残された異星人であったからです。
幼い頃から不思議でした。周りの方々なら容易にこなせるようなことが、なぜ私にはできないのか。周りの方々と同じものを見ても、どうして同じように感じることができないのか。どれだけ優しい方々に囲まれていても絶えず疎外感に苛まれてしまうのは一体なにゆえか。
しかし、そういったこともすべて、私がこの星の人間ではないのであれば説明がつきます。
幼い私と兄を連れて、父と母は別の星からこの地球へ飛来したのでしょう。
私の故郷はおそらくアルファ・ケンタウリ辺りにあるのだと思われます。庭を掘り返せば旧式のバザード・ラムジェットを積んだ恒星船が出てくるかもしれません。身長が低いのだって先祖返りに違いなく、家系図を遡れば、どこかにリトル・グレイが見つかるはずです。
この星に私の居場所はありません。
兄と違って出来の悪い私には、地球人類の社会に溶け込むことがどうしてもできませんでした。自分というものを持たずにただゆらゆらとして、それでいて社会の理不尽を甘んじて受け入れることもできない。
結局のところ、自分の世話は自分でするしかなかったのでしょう。社会に適応するための努力を地道に続けていくべきでした。だというのに、私は、本当の自分がどこかにいるはずだとあれこれ探し回っているうち、ずっと胸の裡にいた自分自身の本質を枯らしてしまったように思われます。
それだから私はいつまで経っても異星人のままなのです。兄は立派に地球人をやっているというのに。
時折、窓ガラス越しに夜空を見上げてみることがあります。
星はひとつも見えませんけれども、考えてしまうのです。私たちはどこから来たのだろうと。あの無限の闇のどこかに私の本当の故郷があるのではないかと。
庭に埋められた恒星船を掘り起こし、故郷の星へ帰ることができたらどれだけ楽だろうかと、ふと想像してみることがあります。
けれども、やっぱりだめなのです。
私が生まれ育った星は、この母なる地球に他ならないのですから。
地球に生まれたからと無条件で地球人になれるわけではない。
それに気づくのが、私は少しばかり遅かった。
長年自室にひきこもり続けた私の殻はおそろしく分厚く、昼日中に遮光カーテンを開けることすらままなりません。人と関わることはできる限り避け、ちっぽけな自分と向き合うことを余儀なくされています。
私は地球に取り残された異星人です。
人を恐れ、社会を恐れ、その実は、自分の無能が露呈することを恐れているのかもしれません。私の言葉はすべて自分のためのものなのです。単純な事実を覆い隠すように理屈で塗り固め、自分の気持ちを伝えるのにも大仰な言辞を弄さずにはいられない。他人と本当に向き合ったことなど一度もないのです。常に自分を韜晦し、そのくせ誰もわかってくれないとわがままなことを喚くのです。
心根から出た生のままの正直な言葉を、私もいつかは書けるでしょうか。
もしもその言葉が誰かの心に触れたとき、その誰かは、私を地球人と呼んでくださるでしょうか。